【ケアマネをやめたいと思った日】それでも続けてよかった、私が踏みとどまれた理由①

【ケアマネをやめたいと思った日】
それでも続けてよかった、
私が踏みとどまれた理由①
今日は少し、個人的な話をさせてください。
私はこれまでに「ケアマネをやめたい」と思ったことが、何度もあります。
華やかな理由なんて何もありません。ただただ、しんどかった。
子どもの顔をゆっくり見られない日々。利用者さんのことが頭から離れない夜。家族からの理不尽なクレームに、布団の中で泣いた朝。
「私ってこの仕事、向いてないのかな」——そう思いながら、それでも毎朝出勤していた自分のことを、今でもよく覚えています。
この記事では、そんな私がどんな瞬間に「やめたい」と思ったのか、そしてどうやって踏みとどまったのかを正直にお話しします。
これ、全部私が経験したことです。
「こんなことで悩むなんて、メンタルが弱いんだ」——そう思わなくていい。
常に発生する
訪問・記録の合間に電話が入り、計画通りに進まない
非常に多い
利用者・家族・事業所との関係を常に気にかけながら働く
境界が曖昧
帰宅後も頭の中に仕事が残り、オフにしきれない
あれは、担当件数が一気に増えた年の秋のことでした。その日は朝から電話が鳴り止まず、訪問・記録・連絡調整で気づけば夜の8時。保育園のお迎えは夫に頼み、帰宅したら子どもはもう寝ていました。
翌朝、子どもの額に手を当てたら38.5度の熱がありました。「昨日から少し熱があったんだよね」と夫から聞いて、頭が真っ白になりました。
「ちょっと待って。今ママ疲れてるの」
…子どもの話をちゃんと聞いてあげられなかった。
「最低な母親だ」「こんな私が人のケアをする仕事をしていていいのか」
その瞬間、初めて本気でケアマネをやめることを考えました。
あの感情は決して「子どもが嫌いだから」ではなかった。余裕をなくした私が、自分を守るために一番安全な場所=家族にぶつけてしまっていただけでした。
もしこれを読んでくれているあなたが同じような気持ちになったことがあるなら、どうか自分を責めないでください。それはあなたが悪いのではなく、限界まで頑張りすぎているサインです。
担当していた高齢者夫婦のお宅へのモニタリング訪問でのことでした。いつも通り訪問をお伝えすると、玄関の向こうからご主人の声が聞こえました。
「帰れー! 誰も来んでええ!!」
ドアは開かれないまま。何度かお声がけをしましたが「来るな」「帰れ」という言葉が続くばかりで、その日は玄関先から一歩も中に入れませんでした。
「何か私、気に触ることをしたのだろうか」
「私の訪問が不穏にさせてしまったのか」
「私が来ることが、迷惑になっているのかもしれない」
言葉の表面ではなく、その奥にある気持ちを想像することが、ケアマネとして一番大切なことだったと気づかされます。
あの日の「帰れー!」は今でも私の心の中に残っています。でもそれは、ケアマネとして大切なことを教えてくれた言葉として、今は受け取っています。
担当件数が増えるにつれて、仕事の密度がどんどん濃くなっていきました。電話対応・訪問・記録・担当者会議・書類作成…「今日もやることが終わらない」という状態が毎日当たり前になっていったあの頃のことです。
最初は小さなことでした。サービス事業所への連絡が1日遅れてしまったこと。訪問の日程を手帳に書き忘れていたこと。折り返しが遅くなってしまったこと。
「あ、また私がやってしまった」
「ちゃんと確認していたはずなのに」
「なぜこんな簡単なことができないんだろう」
「私、ケアマネに向いていないのかもしれない」
今振り返ると、足りなかったのは「能力」ではなく「仕組み」でした
ミスが増えたのは、私がダメだったからではなく、限界を超えた状態で走り続けていたからでした。
私はあの経験をきっかけに業務の管理方法を見直し、少しずつミスが減っていきました。「向いていない」は、やめる理由ではなく、見直すサインだったのかもしれません。
今回のまとめ
同じ気持ちを抱えているあなたに
「一人じゃないよ」と
伝えたくて書きました。
次回も一緒に読んでもらえたら嬉しいです🌸
一緒に頑張りましょう✨

